大好きだった祖母が亡くなって一年が経った。

でも、不在の喪失感はあまりない。

いつも、祖母が見ている、という気持ちで生きているからだと思う。

彼女がいたら、どう言うだろうか? と思いながら何かの行動をすることも多い。

生前に、祖母と一緒に台所に立って料理をしているとき、キュウリの端をちょこっと切って捨てたら「キュウリのヘタなんか捨てたことないわ〜」とボソッと横で言われたりした。

そういうことを日々、思い出したりしながら暮らしている。だから、祖母はいつも一緒にいるのだ。


私の親戚縁者関係で、ここにお客さんとして再々来てくれるのは祖母だけだった。

彼女はある宗教の小さな教会を仕切っていた人だったので、時おり、その信者さんを引き連れて食事に来てくれていた。それは5名とか6名とかのけっこうな人数のグループで、90歳にもなる祖母が、80歳だの70歳だののご婦人をまとめてタクシーで来店してくれる様は、自分の祖母ながらなかなか達者でえらいものだと思って見ていた。皆さんそれぞれが、何らかの理由で祖母のところに話をしに来られ、またあるいは祖母が見舞って来た人たちだ。

祖母は曾祖母を介護したためにやむなくその教会に同居し、跡を引き継ぐ羽目になったのだが、たしかに度量の大きい人なので、その任は適切だったと思う。宗教とは不思議なもので、そこに何ら筋道立った理由はなく、信じることの似通った者が何かのタイミングで繋がり、縁となる。だから祖母の周りには、私にはどこの誰だか把握できない人々が常にいた。私自身はついぞその宗教に特別の親近感を持たなかったが、それを必要とする人々が穏やかに集っている様子は「これも一つの家族の形態だなぁ」と思わせるもので、ヘタに仲の悪い親戚よりもよほど友好的な空間が形成されていた。

曾祖母も祖母も料理上手で、教会では、月に一度、恒例の食事会が開かれていた。だいたいの献立は各月で決まっていて、おでん、がメインだったり、鯖の煮付けがメインだったりと、凝ったものではないけれど誠実に作られた家庭料理を楽しみにしてくれている信者さんがいらした。一緒に食事をする、という行為は、気持ちを温かくするにおいて何よりの効力を発揮するのだろう。

私がこの店をやり始めたとき、「もしもランチ10名様分、なんて予約を頂いたら、ちゃんと出来るんやろか、、、、、」と(なにしろ私はそれまで飲食店経験がゼロだったので・笑)不安げに言うと、祖母は「だいじょうぶえ〜、ちゃんと用意しといたら、できるできる!」と簡単に励ましてくれたが、それはもちろん、彼女にはその人数分の料理などどうってことないからなのだった。


祖母が亡くなったあと、まさかその信者さんたちが、自発的に私の店へ来て下さるなどとは夢にも思っていなかった。

しかし、そういうことが起こっている。

いつものメンバーではなく、私的なお友達やご近所の方を連れて来てくださったり、ということもある。

私は、料理をお給仕したあとに一緒にお話に加わらせていただくことも多く、その方々と私の、新たな関係が始まったのが楽しい。今ではもう祖母のことはさておいた話題が多いが、あるとき、「あなた、結局、お祖母さんと同じことをやっているわね」と言っていただいたことがある。すごく嬉しかった。ハイ、そうですね。その通りです。やはり、来店された回数が少なくても、判る人には判るのだ。私のやっていることが、完全には飲食業ではないということがお判りになる。ついにそういう指摘がなされたけれど、私はもちろんかなり以前から自覚はしていた。

私のやっていることは、祖母がやっていたことと同じだ。

見知らぬ人々との何故だかの縁。

美味しく食べて、話をする。楽しいことも、しんどいことも、いろいろと考えを交換し合って、明日はよりよい一日になるよう願い、真面目に生きる。

信者さんたちは、もちろん、祖母のことを信頼してくださっていたと思う。だからこそ、そこに向かって人は動く。そして、私の店にいらして下さるお客様は、きっと私のことを信頼してくださっているのだ。だって、自分の身体に入るものを安心せずにどうして食べることができるのか。そして、いろいろな会話をしながら、それぞれがまた自問自答しながら生きていく。それを考えるための小さな場が、祖母のところにもあったし、私のところにもあるのだろう。私の店は特定の宗教ではない分だけ、もっと様々な方がいらして下さる。たんにお腹を満たすためだけではなく、考えたい人が、集う場なのだ。そのような場を私が持てる才 能があったとして、それを祖母から継承しているのなら、本当に嬉しい。


私の仕事の真の理解者、という意味では、祖母だけだ。両親でもなく、妹でもなく、BFたちでもなく。私たちは同志なのだ。

祖母にはずっと助けられている。生きていても、死んでしまっても、実質的にも、精神的にも。

たぶん、この先もずっと助けられていく。


おばあちゃん、本当にありがとう、と思っていたら妹から連絡があった。

「カラクリ箱に、お手紙とおこづかいが入っているのを見つけた」と。

祖母が遺した大切にしていたカラクリ箱(彼女は、数学的な成り立ちのあるものだがけっこう好きだった)があるそうで、まだ秘密の引き出しがあったのだそう だ。久しぶりに触っていたら、知らなかったところが開いたらしい。


祖母の字で私宛てのものだった。「真利ちゃん たのしかった事 一ぱい ありがとう」と書かれた懐紙に包まれたもの。中身はおこづかいなのかな? 私はそれを生活がどん底になるまで開けるつもりはない。私が小さい頃、祖母にあげたという5円玉もあった。ずっとお守りとして財布に入れていたのだと書いてある。もう錆びが付いて真っ青になっていた。そんなこと全く覚えてない。彼女がそれをずっと大事にしてくれていたなんてびっくりだ。他にも小さなお手紙。ありがとう ありがとう と何度も書いてある。

ありがとう と思っているのは私なのに、、、、。

秋の雨の夜 久しぶりに いっぱい、泣いた。