これは長年愛用のミルクパンです。内外とも琺瑯びきですが、ご覧のようにかなりくたびれてきました。

私がHPのトップに何がしか書いていたものを、かなり前から読んで下さっている方は、ひょっとして覚えておられるかもしれません。店を始めるときに、実家に死蔵されていた新品(しかし古い製品)鍋の中からこれを選び、使い勝手がよかったので酷使してきました。どこの製造だとかはまったく不明の品です。

4年経った頃に内側の琺瑯が欠けはじめ、それは口に入る可能性があらば危険なのでもう使用するのは無理だと思ったときに、探しに探したけれど似たようなものが売っていませんでした。どうにも諦められない私は、琺瑯製品を作っている会社のリストから5社に、この鍋の「琺瑯のひきなおし」を打診しました。当然のようにほとんどの会社は「うちの製品でもないし、たとえそうであっても、まず剥げ残った琺瑯を全部とってから下地を作って、、、という作業はものすごく手間がかかるのでとうてい出来ません」とのつれない返事でした。そんな中、大阪にある一社だけは、社長の「そんなに愛用されているならやってあげましょう」との決断で、面倒な作業を引き受けていただけたのでした。

琺瑯の掛け直しが終わって返ってきたときに撮影したものが奇跡的に残っていたので載せておきます。
ピカピカですね~ 2006年9月。

このとき私はあまりに嬉しかったので、社長さんにメールでお礼のお便りをお送りしたのですが、それを読まれた社長さんは「励みになるので社員に読ませたい」と従業員さん全員に流されたようでした。

するとすぐに、今度は工場長からお電話があり、「大変嬉しく、スタッフ一同、感激しました。たかだか一つのお鍋をそんなに気に入って使用されているなんて、製品を作っている者たちは喜んでいます。ありがとう。」と言っていただきました。しかしその際、「すみませんが、ひとつだけ言わせてください。社長の名前が間違っているのでそれはお伝えしておきます。」と指摘して下さいました。ありゃ~! 私ったら、社長のお名前を漢字違いで誤って入力していたのです。無礼千万、じつに申し訳なく、恐縮しました。そんな話の流れで、工場長さんは社長について言及され、「いやぁ、うちの社長はほんとうに情の厚い人間で、今回のようなお客様のご依頼に弱いンですわ。職人泣かせの仕事もアッサリ勝手に引き受けちゃうんで現場は困っとります(笑)」と、でもお話ぶりは楽しそうに語って下さいました。きっと、社長は社員さんたちを困らせながらも、よい会社をなさっているのだなぁ、と、私はとても心が温まったのでした。


それから、あっという間にまた4年!

大事にしているつもりでも、やはり私の酷使ぶりでは(私はランチのスープづくりに4名様分までこの鍋を使用します。見た目よりも容量が大きく、使用頻度大)その年数が限界なのか、また上の写真のようになってしまったのです。外側は琺瑯の脱落が激しく、これについては工場長さんがおっしゃってましたが、「一から自社で作る製品でないと、鉄の材質が違うので、とくに外側は塗料の関係もあり、ひいた琺瑯がうまく合ってないかもしれませんからご容赦願います」とのことでした。

あぁ、痛々しい。

まぁ外側はともかく、内側の口の部分にそろそろ小さな剥がれがでてきそうなので、こりゃイカンとまた鍋を探す私。さすがに、件の会社に「もう一回、やってください」とお願いするのは気が引けたので、とりあえず、買えるものはないか、、、?と探しました。こういうときはやっぱりネットは便利ですね。

しらみつぶしに検索すると、4年前にはぜったいに無かった商品を発見。わーい! 私の要求にぴったりな感じだ! 遠いところの雑貨屋さんらしきお店の商品で販売されている。ハイ、そりゃもちろん即決で買わせていただきまして、無事、届きました。ジャーン! すばらしいっ! まさしく私用!? しかも両口になって進化しているではないか!

みなさん、この鍋のいったい何がそんなにいいのかとお思いでしょうね。それはなんといっても鍋底にわざわざの膨らみ(カーブ)があることです。ちょっと検索してご覧になればすぐお分かりになると思いますが、今ふつうに売られているミルクパンはほとんどが鍋底に角が(丸みを帯びているにせよ)あります。たとえばこんなふう。

料理をされる方なら理解していただけると思いますが、この状態では、ヘラはくるっと回りません。スプーンですくうにしても、底の角に素材が残ります。鍋底に少しの膨らみがあるだけで泡だて器もまわしやすいし、たとえば粘度のある液体も、ヘラで掻き出せばうま~く取り出せます。銅製品に膨らみのあるものを見つけることができますが、私はジャムを作ったりと、お酢を使うことも多いので、銅鍋は使いません。小さい鍋は大きな鍋と違い、たんにグツグツと上手く煮えればいいというわけではなく、手技要で使用することが多いので、その形状はかなり重要なのではないでしょうか。もうひとつ良いところを付け加えるならば、私の鍋は上部が狭くなっています。すると良い対流ができるので、早く温まり、また、吹きこぼれもしにくいように感じています。微妙なことですが、そんなこんなで私はじつに私の鍋を気に入っているのです。

いやぁ、ホントにホントによかったぁ~ こんなにぴったりと希望のものが手に入って、、、。私は、しげしげと、届いた新しい鍋を見ました。うーん、、、4年前には絶対になかったよねぇ? それにしても不思議だ。あまりにも私の鍋に似ている。背丈も容量も瓜二つではないか? そしてようやく製品仕様の紙切れを見ました。 !?ええっ!? なぬっ? ガーン! これはまさしくあの親切な大阪の会社の製品ではないか!

、、、、そうです。きっと、私の鍋は採寸されたか型取りされたかして、あのあとで製品化されたのに違いありません。あのとき、社長さんは「なぜそんなに気に入っておられるのですか?」と尋ねてくださいました。それで私はかくかくしかじかと説明申し上げたところ、彼は「そうですか、なるほど。うちの製品にも少し底の丸いのはありますが、たしかにこれほどではないなぁ」とおっしゃってました。この形が優れている意味を分かって下さって、「たくさん作ってみるか!」と考えられたのでしょうか。

いやぁ、びっくり。そしてひじょうに嬉しい。
私が察するに、新しい鍋は両側に注ぎ口があるよう進化しただけでなく、鍋の淵に全体に返り(外側にチロッと巻き込まれている)があるのでエッジがなく、鍋淵の琺瑯が欠ける可能性が低くなるよう改良されています。私の鍋を土台に、もっとよい製品を作ろうとされたのだと思えてなりません。すごいなぁ。あぁ、製作途中を拝見したかった!

でも、じつは、「びっくり」、、、、、はこれだけではありませんでした。一転、これはとてもさびしい「びっくり」です。

この、温かい、と私が感じた会社は倒産されたようです。3年前、2007年9月。私が修理をお願いしてからちょうど1年後です。データに負債14億とありました。このご時世、採算を考えず厚情のある会社は潰れるというのなら悲しいことです。親切な社長さん、明るい工場長さん、、、、今はどうしておられるのか。この、製品化して下さった鍋のお礼を申し上げたい。お会いできたらお菓子のひとつも召し上がっていただけるのに。もちろん、会社のHPはなくなっています。では、まさか同じ番号で電話が通じるかな?と勇気を出してプッシュしてみましたらFAX音になっていました。届くかどうかわかりませんが、今度は社長さんのお名前を決して間違えずに、お便りしてみようと思っています。